ル・コルビュジェ(Le Corbusier 1887-1965)。
建築に興味のある方なら、彼の名を知らぬ者は誰1人いないであろう、20世紀を代表する偉大な建築家である。
パリより、RER A5 線にて30分。
「ポワシーへ出かけてみよう!Poissy」でもご紹介した、パリ郊外の街 ポワシー(Poissy)に到着する。
そこから「サヴォワ邸」へはバスも出ているが、徒歩でも充分に行ける距離なので、天気が良ければふらふらと歩いてみるのも悪くない。
ル・コルビュジェ初期の代表作である この「サヴォワ邸(Villa Savoye)」は、 保険会社を経営するサヴォワ夫妻が週末を過ごす為の別荘として 1928~1931年にかけて建築されたもので、「明るい時間(Heures Claires)」と名付けられていた。
大通りに面した白いフェンスを潜り、生い茂る木立の中を抜けると、突然、緑の中に真っ白な長方形が現れる。
細いピロティが周囲の緑に限りなく溶け込んでしまっており、この住居部分だけがまるで「空中に浮かぶ箱」の様に見えるのである。
このサヴォワ邸は、1927年にル・コルビュジェが表明した「ピロティ(Pilotis)」、「屋上庭園(Toits-jardins)」、「自由な設計(Plan Libre)」、「自由な平面(Facade Libre)」、そして、「横長の連続窓(Fenêtre en Longueur)」という近代建築における5つの原則を探求・実現化したものであり、80年という年月が経過した現在でも、その斬新さは驚くに値する。
まずは、周りをぐる~っとまわってみよう。
どちらの方向から眺めてみても、この建物には定まった正面は見当たらない。同じように4方全てが正面なのである。
また、地上階部分は1階部分の影となり存在を薄め、さらには立ち並ぶピロティの効果により、その1階部分があたかも地面から分離している様な印象をうける。
ル・コルビュジェは言っている。「この家は、何も妨げる事無く、オブジェのように芝生の上に置かれている。」と。
邸内入り口となっている玄関ホール(Hall d’Entrée)は、北側にある。
ここでチケットを購入し、1階部分へと導くなだらかなスロープを上がりながら、さあ見学をはじめよう !
サヴォワ家の住居空間は、屋上庭園を中心に考慮された この1階部分であった。
まずは、リビング(Séjour)へ。
白とサーモン・ピンクに彩られたこの長方形の空間は、正面に屋上庭園を一望出来る大きなガラス窓、他方には、底辺と平行に施された連続的な長方形の窓々の効力により、外からの柔らかな陽光で満ち足りている。
無駄な装飾の無い室内には、ル・コルビュジェが創作した機能的な椅子「安楽椅子(Chaise Longue)」や、「自由に動く背を持つ椅子(Sling Chair)」などが置かれており、見学者は自由にそれらに腰を落ち着け、ゆったりとした気分で目の前の庭園を楽しむ事が出来る。
それに隣接するのは、キッチン(Cuisine)。
何より感心させられるのは、収納機能が充分に配されている事。また、出来上がった料理を受け渡しする為の窓口も、機能的な配慮にちがいない。白いタイルで統一されたこの空間にも陽光は差し込み、明るさと清潔感を与えている。
ゲストルーム(Chambre d’Ami)にあるのは、天窓の付いたトイレと、それを囲う壁代わり(?)のクローゼット。そして、横長の窓のみ。サヴォワ婦人の要望により、フローリング張りになったそうだ。
そこから続く廊下(Couloir)は、天窓から差し込む採光と、片方の壁を紺色にするという技法により、彼らの息子達の部屋までの眺めを引き立てる役割を果たしている。
その息子達の寝室(Chambre du Fils)は、クローゼットにより、勉強空間と、休息空間の2つに区切られている。
次に、サヴォワ夫妻の寝室(Chambre des Savoye)と、浴槽(Salle de Bain)。
左手に置かれたクローゼットが入り口となる役目を果たし、尚且つ、背中合わせに位置する浴槽との区切りを担っている。水色のタイルで作られたこの浴槽は、その向こうに見えるタイル製の安楽椅子、寝室とを仕切る1枚の布製のカーテン、採光の差し込む窓によって劇場の舞台の様な演出がされている。
なお、それに隣接する婦人の居間(Boudoir)は屋上庭園に面しており、直接庭園に出入りする事が出来るようになっている。
屋上庭園(Jardin Suspendu)に出てみよう!
天井となる部分がないと、こんなに開放的な気分になるものなのだ!と改めて感じる。この庭園こそが、邸宅内に光をもたらしていると言えよう。周囲を取り囲む、白い壁に連なる窓枠(ガラスはないので)は、そこから覗く景色を1枚、1枚のフレームの様に見せかける効果を果たしている。
ただし、個人的な感想を述べされてもらえれば、庭園と呼ぶには少々植物スペースが貧弱であり、作り付けのテーブルを配した広いテラスといった感じを受けた。
そこから伸びるスロープは、2階に当たるサンルーム(Solarium)へと続く。
緩やかな曲線を描くこの風除けの為の壁には、1枚のフレームのごとく穴が設けてある。ここを通して彼方のセーヌ川を眺める事が出来るらしいが、今回は生い茂る木々に遮られて・・・・・。
螺旋階段(Escalier Tournant)で地上階まで降りよう。(階段は、地下室まで続いている。)
手すりとなる部分や、階段部分に隙間が使われて無い為、湾曲しながら螺旋状に続いていく、この白い階段のフォームは、正に芸術的な美しさである。
この地上階にも、ランドリールーム(Buanderie-Lingerie)や、使用人の部屋(Chambre de Service 現在は、サヴォワ邸の資料展示がされている)、また、玄関ホールすぐ脇の車寄せ(Garage)など、まだまだ見所が沢山ある。
さて、この様にル・コルビュジュの現代建築理念を課した理想住宅ではあったが、完成したその年に、ひどい雨漏りに見舞われ、サヴォワ夫妻に見放されてしまう。(実際、彼らがここを使用した期間は、1931年~1940年。)
その後は、戦時中にドイツ軍の宿舎に使われたり、次いで、連合軍に占領されたり・・・・・。
1958年には、隣接する土地にリセ(高校)を建設する為、敷地の1部を奪われてしまったりと良い事なし。
しかし、やっと救いの手が・・・1965年に国の歴史的建造物に指定され、荒れ果ててしまっていたこのサヴォワ邸が、現在の様に修復されたのも、それ程昔の事ではないのである。
最後に、敷地内入り口近くにある、小さい建物を見るのも忘れないで!(中には入れない。)
これは、管理人・庭師の家(Maison du Gardien-Jardinier)。
1929年、ル・コルビュジュが発表した「メゾン・ミニマム・ユニファミリアル(Maison Minimum Unifamiliale)」という定義により建設された唯一の例なのだそうだから。